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大長寺 (大阪市)[だいちょうじ]
大長寺(だいちょうじ)は大阪市都島区にある浄土宗の寺院。 == 概要 == 慶長10年(1605年)、毛利輝元の一族である佐々木高久が外祖父の毛利定春の冥福を祈って建立〔大阪新四十八願所阿弥陀巡礼 / 第7番「大長寺」 . 大阪新四十八願所阿弥陀巡礼 公式ホームページ.2015年5月9日閲覧〕。 浄瑠璃「心中天網島」の主人公である小春・治兵衛の比翼塚がある。享保5年(1920年)10月14日、妻子ある紙屋治兵衛と遊女の小春が網島の同寺で心中するという事件が起こった〔新関西笑談 再発見大阪をあそぶ.『産経新聞』.2009年11月27日付夕刊、5面〕〔豊竹咲大夫 51年ぶり一人通し 生誕360年 近松門左衛門の最高傑作「心中天網島」.『産経新聞』.2013年5月12日付朝刊、11面〕。その事件を元に近松門左衛門が2か月後の12月に書き下ろしたのが同作品である。以来大長寺は小春・治兵衛ゆかりの地として知られる様になった〔16日から「名作・心中天網島―」 市民講座参加者を募集.『産経新聞』.2011年11月9日付朝刊、22面〕。 江戸時代は現在地より約500m南の現在藤田美術館のある場所にあったが、1909年(明治42年)、実業家の藤田伝三郎により、大長寺のあった土地は邸宅用地として買収され、藤田家の寄進により、同寺は現在地に移転し、その際比翼塚も移築された。 昭和20年(1945年)、戦災により本堂は焼失。1971年に再建されるまで仮本堂であった。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「大長寺 (大阪市)」の詳細全文を読む
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